情報源

‘75年春・北海道




あの頃の貴重な情報源、弘済出版社発行の「最新SLダイヤ情報」
撮影地ガイドにSL時刻表、線区毎のダイヤグラムに機関車運用表まで
よくもまあ、マニアックな情報を満載して発行してくれました。

これをもとに計画を練り、旅行中は肌身離さず、のバイブル。
この第5号は定価500円。当時は高かったな〜。
















知り得た情報はどんどん赤入れ。
「保存」なんて考えてなかったので、中身は書き込みだらけ。

















渡道してから知り得た情報。
「常紋はまだ走ってる!」

昨夏が最初で最後と思っていたのに、雪の常紋が撮れる!
なんでもっとたくさん撮っておかなかったかな〜。


















「愛の国から幸福へ」
流行りました、広尾線の幸福駅。
この時、道内滞在15日。
周遊券をいいことに汽車撮らずに広尾〜襟裳岬へ行ったり、士幌線往復したり。
そんなことしてる間に、室蘭本線あたりなら日中だけで16往復も蒸機走ってたのに・・・

















撮影候補地は緑、蒸機列車のスジは緑のマーカーで。
雪で濡れるなんて考えてもなかったので、裏写りしないよう水性。
当時の車中は銀箱三脚に、居眠りしてるかこれ眺めてるか。
そういえば銀箱に「ゆっくり走ろう北海道」のステッカーが流行ってたっけ。
私もご多分に漏れず・・・

















もうひとつの
バイブルはこれ。
やはり弘済出版社の「道内時刻表」
全国版時刻表には掲載されていない無人駅や仮乗降場もしっかり記載。
宗谷本線「北比布」、「南咲来」、「上雄信内」なんて・・・読めます?
ローカルバスも網羅してるので、撮影後の移動計画にも役立ちました。

















路線図見ると、今は無き・・・が如何に多いか。
ビジネスホテルが1泊2,000円というのも時代を感じますね。
でも、Y・Hは2食付いて1,400円くらいだったか。
それでもこの時は全行程中Y・H5泊であとは全て車中泊。
車内で暇つぶしに、駅名で「○○内」と「○○別」どっちが多いか?
なんてやってたっけな〜。

















道内の大動脈・室蘭本線
ディーゼル特急や急行が、札幌と函館や室蘭を結んでいます。

でも、札幌〜苫小牧は千歳線。
下段にあるのは苫小牧から岩見沢へ行く「室蘭本線」
大半が客車列車で蒸気機関車が牽いていました。


(時刻表をクリックすると拡大画像がご覧頂けます)

















内地〜北海道連絡早見表。
東京から塩狩への最短時間は・・・?
上野19:10(急行八甲田)06:15青森07:30(連絡船5便)11:20函館11:50(急行宗谷)18:27旭川19:16(351D)20:05塩狩
25時間の長旅だったんですね〜。

















そして役に立ったのがコレ。
連絡船から目的の列車の自由席めがけて桟橋ダッシュ!
混んでましたからね〜、あの頃の長距離急行列車って。
道内での移動も含めて、予め何番線の何号車と情報を仕入れておかないと。

画では見づらいですが、右上の急行大雪4号+急行紋別+急行はぼろ、
1〜3号車は深川で切り離されて留萌経由の幌延行き。ただし3号車は留萌止まり。
4〜6号車は旭川から宗谷本線名寄本線経由の遠軽行き。
7〜10号車が石北本線で網走へ行く急行大雪。
始発の札幌で間違えて乗ったら全く関係ないところへ・・・

















当時は憧れだった寝台車。
浴衣に着替え、体を伸ばして熟睡するうちに目的地。
でもやはり高嶺の花でしたね、B寝台1,300円あれば何日食いつなげたか。
それにもましての贅沢はグリーン車。
いつの日か、きっとあの臙脂色のモケットに座ってやる〜
、なんてね。






‘75年3月〜4月、あなたはどんな節目を迎えておられましたか?

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